俺の技術同人誌がこんなにラノベ仕立てなわけがない
この記事では、前回の技術書典 5 と今度開催される技術書典 6 に向けて個人的に制作した経験を元に、技術書をライトノベル仕立てにして作るためのノウハウやそのメリットなどを紹介していきます。
漫画ばかりが技術書のカジュアル表現の手段じゃない
2019 年 4 月 14 日(日)に開催される技術書典 6 では、のべ 400 以上のサークルから様々な技術同人誌が頒布されます。その中で最近目立ってきているのが漫画の技術書。毎回千部単位で頒布する最大規模のサークル「湊川あいの、わかば家。」による「わかばちゃんシリーズ」を筆頭に、以下の記事によると今回はなんと 19 サークルから漫画による技術同人誌が頒布されるとのこと。
ビジュアル的に希求力が高く、とっつきやすい漫画は、通常の技術書と比べて必然的に頒布部数も多くなるようです。うらやましい話ですね。
「でも、やりたくても自分は絵が描けないし……」という同人誌作者の方々、そんなあなたにもまだ方法はあります。絵が描けないけど漫画のような世界観のフィクション作家になりたい人は、どうしますか? そう、ライトノベル作家を目指しますよね?(偏見)
あの〈物語〉リーズを大ヒットさせた西尾維新氏も、もともと漫画好きで漫画家を目指していたそうですから。なら技術書もライトノベルみたいにしてしまえばいいじゃないですか。技術書をライトノベル仕立てにすれば、こんないいことがあるんです。
- 漫画のようにビジュアル的に希求力を高めることができる
- 作品内に登場するキャラクターを用いて、シリーズのブランド認知力を高めることができる
- 漫画のようにページ面積を大きく占める絵によって内容が薄まることがなく、通常の技術書と同規模のページ数に同クオリティの内容を入れることができる
- 初心者キャラへの説明という体裁を取ることで、作者が執筆に夢中になっても極力、難解化を防いで理解しやすい内容にすることができる
あらためて書き出してみて、「えっ、こんなにメリットがあったんだ」と自分でも再認識しました。どうですか、技術同人サークルの皆さん。やってみる気になりませんか?
ラノベ仕立てな技術書って、読者の評価的にはどうなの?
前回の「技術書典 5」にて、私は完全にラノベ仕立てとは言えないまでも、会話形式の文体による技術同人誌『りあクト! TypeScript で始めるつらくない React 開発』を頒布しました。それが読者からどう評価されたかを少し引用してみます。
りあクト!みたいな対話型の本は読みやすくていい。
— 能年玲奈 (@yorisilo) October 8, 2018
昔は飾りのない例題、解答、演習の徹底した繰り返しこそ数学の勉強にふさわしいと思い込んでたチャート式原理主義者だったのだけど、#技術書展
ですよね!!めちゃくちゃ丁寧に説明されてますよね✨
— 𝚜𝚞𝚖𝚒 (@su_mi1228) October 13, 2018
会話形式なのも、わかりやすくて良いです😆
イベント当日では、立ち読みするも、その場では買わずに、後日やはり欲しくなってBOOTHで購入した @oukayuka さんの「りあクト!」を読み始めてみた📖
— コジコジ (@YuxBeta) October 16, 2018
対話形式の文章だから、内容がかなり入り込みやすい!
まだ読み終わってないけど、著者のJSXに対する並々ならぬ愛を感じるhttps://t.co/gzbbiw47oD
Day63
— かえるるる (@kaeru_nantoka) October 8, 2018
技術書典5 の戦利品の「りあクト!」と日経本と 2σ の豪華3本立て😆
りあクト!: ベテランと若手の対話方式で進んで行くし使うバージョンとかもちゃんと書いててReact 初心者だけど超分かりやすい!
日経本は言わずもがな
どれも良本ですばらしかった!#100DaysOfCode
ネガティブな意見はほとんどなく、会話形式のおかげでわかりやすかったという声が多くを占めていました。中には「キャラクター設定がよかったので、漫画でよんでみたい」との声もありました。
会話文で書かれた技術書は、おおむね読者には好意的に受け止められているようです。
ラノベ仕立てな技術書の本文の書き方
でも技術書をラノベ仕立てにするっていってもどうすりゃいいの?と思われる方が大半でしょう。一番手っ取り早いのは、説明の文章をキャラクター同士の会話文にしてしまうことです。ラノベ仕立てとまでとは言えなくても、実は商業誌の分野では会話形式による技術書の歴史は案外古く、2002 年から数年に渡って毎日コミュニケーションズより「プロジェクトタイムマシン」名義で出版されていた「萌えるシリーズ」がその先駆けではないかと思われます。
直近では、翔泳社の「IT エンジニアに読んでほしい!技術書・ビジネス書大賞」の 2018 年技術書部門大賞に選ばれた『機械学習入門 ボルツマン機械学習から深層学習まで』も、かなりの部分が会話形式で書かれています。
ただこれらはほとんどの場合、キャラの顔が左にあってセリフが記述されるという SNS のタイムラインのような紙面になっており、これを実現するには高度な版組技術が必要になって大変です。
それにこれでは会話形式ではあっても「ライトノベル」とは言えません。ですので、技術書をラノベ仕立てにする際に用いるのは、同人誌の二次創作小説の分野でよく使われている「台本形式」や「対話体形式」といったものがよいでしょう。
「台本形式」は、『まおゆう 魔王と勇者』に代表される、セリフの前にキャラの名前が入る文体。この形式の場合、地の文が極端に少なく、ほとんど会話でストーリーが進行します。
もう一方の「対話体形式」には、このセリフの前にキャラの名前が入りません。カギカッコで括られる会話文だけによって成立し、基本的に全く地の文を持ちません。
どちらを採用するかは好みになりますが、私の場合は「対話体形式」を用いています。基本的に 2 人しか登場人物がおらず、口調でどちらのキャラかを判別させることができるので、わざわざキャラの名前を書く必要がないためです。
ラノベ仕立てな技術書の作品構成のやり方
文体はわかった、でも「ライトノベル」なわけだから小説の体裁を整えるために高度な文章技法が必要なんじゃないか、と思われるかもしれません。確かに長編小説を書くとしたら、ストーリー構成の作法に従い全体を 3〜4 分割した上で、さらに細かく区切って事件を起こしたり伏線を張ったりしながら、話を盛り上げていくといった技術を用いる必要があるでしょう。
でもここで作るのはあくまで「ライトノベル風」な技術書です。読者は技術が知りたいのであって、物語に胸踊らせたいのではありません。そういったストーリー構成の作法はこの際、無視してよいでしょう。ただし必要なものがひとつだけあります。それが「キャラクター作り」です。
キャラクターさえしっかり作ってあれば、極端な話、あとは彼らが勝手にしゃべってくれます。キャラクター作りについては色んな本が出ていますが、私がいちばん参考にしたのは『荒木飛呂彦の漫画術』です。言わずと知れた『ジョジョの奇妙な冒険』の作者による物語の作り方の解説書ですが、中でもキャラクターの「身上調査書」を作るというのが秀逸だと思いました。
これに倣い、私も今回の執筆にあたって、2 人の登場人物の身上調査書を作成しています。荒木先生のオリジナルの調査書はジョジョの作風に特化していたので、私の作品のキャラ(日本人女性のプログラマー)に合わせて中高の部活の欄を入れるなど、かなりカスタマイズしていますが。
なおこれに関して、私が使用した Google スプレッドシートのテンプレートを共有しているので、ご自由にお使いください。
キャラクターイラストの調達
次に必要になるのが、ライトノベルがライトノベルである最大の要素のひとつとも言える、主に表紙に掲載されるキャラクターのイラストです。これに関してはもちろん、「絵が描けない」というのがこの話の前提であったわけですから、自前でなんとかすることはできません。
現実的な解として、クラウドソーシングでイラストレーターさんに依頼するのがいいでしょう。私はそうしました。親方 Project さんが出されている『技術同人誌を書こう! アウトプットのススメ』を参考に、コンペ形式で提案を募りました。依頼するのに私が気をつけた点は、まずキャラクターのイメージをはっきりさせること。これは前述の身上調査書づくりでクリアしていたので問題ありませんでした。
次に、希望の構図や服装などをはっきりさせること。私は既存の絵や写真を提示して、これをベースにこんな変更を加えたい、とお伝えしました。
最後ですが、依頼料をケチらないこと。私は確固とした画力を持ったプロの方にお願いしたいと思ったので、前掲の本に掲載されていた相場の倍の金額でオファーしました。
上記のようにしたところ、なんと 80 名近くのイラストレーターさんからコンペに提案があり、その中でイメージにピッタリ合うイラストを描いてくれた方を選ぶことができました。
タイトルロゴの作成
ライトノベルにおいて、タイトルロゴは作品の世界観を表現し、読者に「あっ、あの作品だ」と認知させる重要な要素です。デザイナーさんの専門領域で敷居が高いように思われるかもしれませんが、私の場合は参考書になりそうな本を何冊か読んで、必要な知識を身につけた上で自作しました。いちばん参考になったのはこの本です。
萌え系のロゴデザインでいくつか本は出ていましたが、有名作品のロゴ制作者にインタビューしてその制作過程までを解説した本はこれだけでした。正直、これだけ読んであとはフォントの知識さえあれば事足りると思います。
世界観の近い他メディアの作品からヒントをもらうのもいいかもしれません。私の場合、作品が女性エンジニア 2 人による会話劇で成り立っているところから、女性だけの少人数シットコム →『やっぱり猫が好き』という連想でベースとなる部分、手書きフォントにクレヨンっぽいアウトラインというのを借用しました。
さらに、React 好きな女性エンジニアというところから、React ロゴにハートを組み合わせてワンポイトにし、以下のタイトルロゴができあがりました。
装丁デザイン
これも本来ならデザイナーさんの領域です。技術書典でも、かなりの数の方が外注して商業誌のような綺麗な表紙デザインにしている様子が散見されます。
でもおそらく、クラウドソーシング等で外注できるデザイナーさんはライトノベルの装丁デザイン作法を知らないと思います。またイラストレーターさんにすでに依頼料を払っているため、さらに装丁を外注するとなるとかなり費用がかさみます。ここもできれば自作してしまいましょう。この分野でもいい参考書が出ています。
『ラノベのデザイン』という、まさにどストレートなタイトルの書籍です。この本は既存作品の装丁デザインを分析している部分もよいのですが、序盤に架空のライトノベル作品の表紙と帯をその依頼に基づいて作成していく過程を解説しているところが秀逸です。少しお高めの本ではありますが、それ以上の価値はあります。
この本でラノベテイストの装丁デザインを勉強して、以下 2 タイトルの表紙が完成しました。
どうですか? この表紙、ラノベっぽくないですか?
ちなみに、Adobe の Illustrator と Photoshop は日常使いではない身には高価すぎるので、これらのデザインはもっと廉価な Affinity Designer と Affinity Photo を使って行いました。私は半額セールのときに購入したのですが、定価でもそれぞれ 6,000 円ずつの買い切り価格です。日本語にも対応されており、軽量で評価の高いソフトですので、デザインソフトをお持ちでない方は選択肢に入れてみるといいのではないでしょうか。
ちなみに Affinity シリーズを使っての印刷会社への入稿は、.psd 形式であれば何の問題もなく行えました。
隠し味としての裏テーマ
先の文章で、ストーリー構成は必要ないと書きましたが、実は一点だけストーリーを意識したものがあります。それは、「作品全体の過程を通して、キャラクターがどう変化(成長)するか」ということです。これを決めておくと、ただの技術解説だけに終わらず、読後感がひと味違うようになると思っています。
それはキャラクター設定とも連動したものであるべきです。過去の経験から生じていたキャラクターのある種のネガティブな要素が、作品の過程を通じて昇華される、というのが理想です。今回の私の作品にも、それは裏のテーマとして設定してあるのですが、それは読んでいただいた方に感じ取っていただければと思っていますので、ここでは明かしません。
まとめと宣伝
会話文形式の採用、キャラクター作り、キャラクターイラスト、タイトルロゴ、装丁デザイン、さらに裏テーマとこの 6 つの要素がそろえば、技術書をライトノベル仕立てにすることができます。実際にそれがどんなものになるのかは、以下のリンクから私の作品の見本誌サンプルが見られるので参考にしてみてください。
以上、ほとんど私の自己満足と趣味の領域のための記事となりましたが、これを読んで「自分もラノベ仕立ての技術同人誌を作ってみたい!」とひとりでも思っていただける方がいたら儲けものと思い、需要があるかどうかわからないこの記事を書いてみました。
なお、ここで紹介した私の同人誌は技術書典 6 にて頒布、同時にオンラインショップ BOOTH にて電子書籍版の通販も行う予定です。イベントに足を運ばれる方は「さ 02」のサークル「くるみ割り書房」をチェックしていただければ、イベント限定価格で購入できます。
イベントに来られない方は、上に記載した BOOTH のページにて 4 月 14 日からオンライン販売を開始しますので、そちらをチェックしてみてください。なお、無料サンプルの見本誌が事前公開中です。以上、「俺の技術同人誌がこんなにラノベ仕立てなわけがない」でした。
ラノベ仕立てで楽しく読める技術書が、増えてくれたら嬉しいです。