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技術書典5 の収支報告、またはエンジニアは技術同人誌だけで食べていけるのか?

2018年10月16日 公開
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大岡由佳@oukayuka
Mi Band 6 つけっぱ中。

技術書典 5 の収支はどうだったか

技術書典 5、参加者が 1 万人を超えるという状況でも「かんたん後払い」の利用者全員が遅延なく支払いを済ませ、公式の予告どおり 5 営業日で参加サークルの口座に支払い金額が入金されました。すばらしい手際に運営スタッフの皆様、特に 400 以上のサークルへの振込手続きを担当された達人出版会の高橋さんに感謝いたします。

さて、これで今回の同人誌頒布に関係する全ての金額が出揃ったわけなので、収支報告などをさせていただこうかと思います。ちなみに私が今回頒布したのは、↓ にある React × TypeScript の入門書です。

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紙の書籍は上下巻それぞれ 1,000 円。ダウンロード版は上下合本で 1,500 円。技術書典当日は、紙の上下巻にダウンロードカードをつけて 2,000 円のセットで販売していました。

■ 売上原価

  • 冊子印刷代(400 部 ×2) …… 228,000 円
  • ダウンロードカード印刷代 …… 5,912 円
  • ポスター印刷代 …… 2,808 円
  • サークル参加費 …… 7,000 円
  • 備品 …… 17,207 円
  • 人件費 …… 10,000 円
  • 交通費 …… 880 円
  • 合計 …… **271,807 円

■ 売上

  • 現金 …… 434,600 円
  • かんたん後払い …… 150,500 円
  • pixiv PAY …… 9,000 円
  • BOOTH(開催日翌日より 8 日間) …… 137,162 円
  • 合計 …… 731,262 円

■ 粗利益

  • 459,455 円

BOOTH での販売が続いているのでまだ少しずつ伸びていくとは思いますが、現時点でざっと手取り 46 万円というところです。思ったより原価がかかりましたが、これはおそらく全体からすれば大成功の部類に入るのではないでしょうか。

他のサークル参加者の方々は

ただ上のほうを見ればどうかというと、「ラスボス」の異名を取る技術書典の二強、『AWS をはじめよう』のmochikoAsTechさんと「わかばちゃん」シリーズの湊川あいさん。このおふたりが異次元の領域で売り上げています。

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↑ の記事によると、もちこさんは技術書典 5 当日だけで 2,000 冊を軽く超える部数を頒布しており、それだけで概算で二百数十万円になるはず。

湊川あいさんも今回、新刊 2 タイトルを 1,300 部ずつ搬入したとの噂なので、おそらく同程度の売り上げと思われます。これが年 2 回と、その間も BOOTH や他のオンライン書店でも売れ続けるわけですから、専業で食べていこうと思えばこのおふたりはじゅうぶんやっていけるレベルでしょう。コミケの壁サークルの売れっ子同人作家のように。(というか湊川さんは、すでに商業誌も何冊も出されてる立派なプロなんですが)

ここまでが殿上人の領域で、そこから下がなんとか凡人が努力で到達できる領域になります。今回、私と同じく初のサークル参加でかなりバズっていたのが gami さんの『完全 SIer 脱出マニュアル』

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↑ の記事によると、当日は紙の書籍とダウンロード版を合わせて 500 部、さらにそれから BOOTH でも 1 週間で 300 部と合計 800 部を売り上げているそうです。1 冊 1,000 円で計算すると売上は 80 万円で、印刷代は 1 タイトルを 200 部のため 10 万円以下で済みそうなので粗利率はウチよりだいぶいいはず。

ちなみに BOOTH の技術書典 5 の特集ページではこの『完全 SIer 脱出マニュアル』が人気で 1 位を独走中なので、gami さんが今回の技術書典 5 で技術同人ドリームを叶えた最右翼と言っていいのではと思います。

といっても、やはりこれだけで食べていくのは当たり前ですが難しいです。しかし技術同人誌の出版で得られるものはそれだけではありません。

商業誌出版のチャンス

インプレスにネクストパブリッシングというレーベルがあります。基本的には書店には並ばないのですが、電子書籍とオンデマンド出版が主体で、旬の技術に関するタイトルをフットワーク軽くリリースしています。

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これに「技術の泉シリーズ」というものがあり、毎回の技術書典で好評を博した同人誌を商業化したタイトルがこのレーベルからいくつも出版されています。今回もインプレスの編集者さんがブースを回ってめぼしいタイトルをチェックして、目をつけたサークルに出版を持ちかける姿が見られました。

転職・キャリアアップにつなげられる

サークル参加者さんたちの転職希望ツイートが、技術書典開催後にバズっています。

私と同じく React 島ブースで『Firebase によるサーバーレスシングルページアプリケーション』を頒布されていたコジコジさん。25 歳と若いというのもありますが、転職希望ツイートをしたらあれよあれよというまに 150 リツイート 280 いいね!されて、オファーが殺到していました。

さらに先ほど話題に出た、mochikoAsTech さんも。

こちらは少々、おせっかいでアドバイスさせていただきました。が、そのせいで DM が殺到しすぎて返事書くのが大変すぎると困ってるぽいので、それはそれでよかったのかどうか。

出典者がちょっとツイートしただけで、百単位で拡散されてこのオファーの殺到の様子。この破壊力、すさまじいです。
エンジニアのセルフブランディングの手段として、技術書典で同人誌を出すこと以上にコストパフォーマンスが高いものは、私には今のところ思いつきません。

エンジニアとしての価値と知名度を上げられる

これは先ほど挙げたものと、根本の部分では同じです。たとえば私はフリーランスなのですが、これまで React の仕事を得るのに既存のコネクションでいただけることはあったものの、それでは見つからずエージェントに頼ることも今まではそこそこありました。

でも今回『りあクト!』が技術書典 5 において上下巻通算で約 600 部を売り上げ、商業誌化の予定にまで及んだことで、おそらく今後かなり営業がやりやすくなった手応えがあります。さらに知名度は、単価の上昇圧力にもつながります。これは単純な同人誌の売上額より、経済的側面だけでもそれ以上の価値があることでしょう。

再度言いますが、これほどコストパフォーマンスがいい手段は私のこれまでのエンジニア人生の中でありませんでした。技術書典、本当にすばらしいです。

執筆・サークル参加のススメ(特に女性に向けて)

そんなわけで、同人誌だけで食べていくのは現状無理ですが、波及効果も含めるとエンジニアにとって技術同人誌の執筆はかなり割のいい副業だと思います。そしてそれは女性エンジニアにこそ、やってほしい、やるべきことだとも私は考えます。

技術書典「二強」のもちこさんと湊川あいさんが両名とも女性なのは、まったくの偶然ではありません。わからなかった初心者のころの気持ちを忘れず、彼ら彼女らの気持ちに寄り添える文章が書けたり漫画が描けるのは、もちろん個人差もあるでしょうが、女性ならではのメンタルが寄与している面も大きいのではないでしょうか。手前味噌になりますが、私の本も読者の方々から「わかりやすい」という感想を一番にいただくので、その例にもれないと言えると思います。

ある調査によると、日本の IT エンジニアで女性が占める割合は 15%を切る程度らしいのですが、技術書典の著者陣を見渡すと割合はそれよりももっと少なく感じられます。せっかく女性エンジニアが活躍できる場のはずなのに、もったいない。

コミケでは今や女性のサークル参加者が 65%以上を占めているそうです。技術書典も今後、女性のサークル参加者がもっと増えて活躍してくれることを望みます。そしてそれがメディア等を通して一般の人たちに伝われば、IT エンジニアになりたいと思う女の子たちが増えるかもしれません。そんな未来を私は妄想してます。