くるみ割り書房
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AI で編集チームを組んで、技術書を 1 冊書き上げた実践記

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大岡由佳 @oukayuka

️『三体』Season 2 マダー?

生成 AI は、ソフトウェア開発だけでなく、書籍の制作プロセスまでも大きく変えてしまう——今回の新刊制作を経て、そう実感しました。

先日出版した新刊は、まだ知名度が高いとは言えない Jujutsu というバージョン管理システムをテーマにした本ながら、技術書典20 のオフライン会場で 91 冊を売り上げることができました。

またその第 1 章を切り出して再編成した無料公開の Zenn 本は、はてなブックマークのテクノロジーカテゴリーでホットエントリー入りし、最終的に 104 ブックマークを獲得しました。

実はこの『じゅじゅちゅ!』、私が Jujutsu を触り始めてからわずか 2ヶ月で、しかも英語ですらまだ 1 冊も技術書が出ていないような情報の少ない状況で書き上げたものです。さらに書こうと思い立った時点で、入稿の締め切りまでは 3 か月を切っていました。

では、なぜそんな条件で 1 冊の本(A5 判・144 ページ)を間に合わせ、しかも多くの人に読んでもらえるものにできたのか。
その最大の要因は、最初の構想段階から複数の生成 AI を自分専属の編集チームとして迎え入れ、ほぼ真っ白に燃え尽きるまで彼らと壁打ちとレビューを繰り返したことにあります。

本記事は、この新刊を生み出すために私がどの AI を、どの工程で、どんな役割で使い倒したのか。有益だった点だけでなく、弊害とは言えないまでも懸念すべき点も含めて、その全記録と反省を包み隠さず書いたものです。

調査と仕様確認:NotebookLM / Claude / Grok

Jujutsu の本なので何はなくともまず Jujutsu について、それに加えて Git やその他のバージョン管理システムについてリサーチする必要がありました。また執筆中にも随時、正しい仕様を確認しなければいけません。 この用途に使った AI は、主に以下の 3 つです。

  • NotebookLM ……「根拠資料ベースのリサーチャー」
  • Claude(Opus 4.6拡張)……「深掘りして検証してくれる技術監修」
  • Grok(Grok 4.20 Expert)……「コミュニティの空気を拾う観測者」

NotebookLM は今さら説明することもないでしょうが、ユーザーが読み込ませた資料に基づいて応答してくれる、Google 提供の AI リサーチツールです。その資料を根拠に回答を生成するため、ハルシネーションが非常に少ないのが特徴。 私は今回、これに以下のような資料を読み込ませました。

NotebookLM

なお Jujutsu ドキュメントディレクトリ配下の Markdown ページは、Repomix というコードベース全体を AI フレンドリーな形式の 1 ファイルにパッケージングしてくれるツールでまとめています。

たとえば今回の資料なら、以下のコマンド一発で目的のファイルが生成されます。サイズは 10MB くらいでした。

npx repomix --remote https://github.com/jj-vcs/jj/tree/main/docs --style markdown

おそらく今回の制作でもっとも使い倒したのがこの NotebookLM です。カウントしてみたところ、書籍が完成するまでに私が NotebookLM に投げた質問は 239 個でした。ちなみにその具体的な質問内容は以下のようなものです。

jj log で表示されるグラフのノードが「@」「○」「◆」と 3 種類あるように見えるのですが、これらはそれぞれどういう意味があるの?

Revset の ..:: のちがいが今ひとつよくわかりません。わかりやすく教えてください。

リモートにしかない bookmark を jj bookmark track すると、ローカルに同じ名前の bookmark が作られた上で track されるの?

NotebookLM は返してくれる回答にまちがいが(ほぼ)ないのはいいのですが、資料にないことについて答えるのは不得手です。そこで NotebookLM で納得できる回答が得られなかった場合、同じ質問を Claude にも投げるようにしていました。

なぜ Claude かというと、こと技術的な質問については ChatGPT や Gemini、Grok などと比べて正確かつ踏み込んだ回答をしてくれるためです。つっこんで質問すると該当しそうな GitHub Issue を探したり、サンドボックス内で実際にその技術を使って挙動を確認してくれたりするので、非常に頼りになる存在でした。
ただし通常の会話では古いバージョンの仕様を前提としていたり、ハルシネーションもそれなりに発生するため、回答を鵜呑みにせず、書く前にはちゃんと裏付けを取ることが必須です。

また Grok は X や Reddit などの投稿を調べて回答してくれるので、ある技術についての界隈での評判だったり、ユーザーがどのような使い方をしているかだったりを調べるのに重宝しました。

構成と執筆:ChatGPT / Gemini / Claude

執筆の段階に入ってからは、主に以下の 3 つの AI を使っていました。

  • ChatGPT の「プロジェクト」(Thinking)
  • Gemini の「Gem」(Gemini 3.1 Pro)
  • Claude の「プロジェクト」(Opus 4.6拡張)

これらはほぼ同じ機能のもので、いわばひとつのトピックについて長期にわたって取り組むために使われるワークスペースです。そして NotebookLM のようにコンテキストとして保持してほしいファイルが登録できます。 これに先ほどと同じ Jujutsu の公式ドキュメント、そして書き上げたアウトラインや原稿を順次登録していくようにします。

Claude のプロジェクト

また執筆にあたっては基本的に同じ質問を 3 つの AI に並行して投げ、返ってきた回答を比較していいとこ取りをするというスタイルで進めていきます。 執筆は節単位でイテレーションを行い、そのフローはだいたい以下の 3 パターンに集約されていました。

① パッションで「なんかいきなり書けそう」と思える場合

  1. 一気に草稿を書き上げる
  2. それを AI にレビュー、チェックしてもらう

第○章「○-○. ○○○○○○○」の草稿を書きました。レビューをお願いします。

② 構成案が頭の中にある場合

  1. 箇条書きで構成案を書き出し、それを AI にレビューしてもらう
  2. それを元に草稿を書き上げる
  3. それを AI にレビュー、チェックしてもらう

次節「○-○. ○○○○○○○」の構成として以下のようなものを考えています。これに対する評価と助言をお願いします。

③ 自分では考えがまとまらない場合

  1. 「これまでの流れを踏まえて、次節『〇〇〇』の構成案を出して」と AI に頼む
  2. 3 つの AI を交えて構成案をブラッシュアップ
  3. それを元に草稿を書き上げる
  4. それを AI にレビュー、チェックしてもらう

次節「○-○. ○○○○○○○」の執筆に取り掛かろうと思います。ここまでの内容を考慮しつつ、内容をどのようなものにすればいいか、まずはその構成を提案してください。

ちなみに 3 つの AI にはそれぞれ個性があり、違った側面から役に立ってくれます。

  • ChatGPT …… この中でもっともレビュー内容が長くて丁寧。細かくてどうでもいい指摘も少なからずあるが、同じくらい有益な指摘もあるので、冗長に思えてもしっかり読んで吟味すべき。
  • Gemini …… とにかくポジティブに褒めてくれるので嬉しくなるが、内容についての指摘があっさりしすぎ。でもたまに他の AI にない視点からのハッとする意見をくれる。
  • Claude …… 技術的なまちがいについてはもっとも多く検出してくれる。誤字・脱字を見逃さないことでも有能。ただしかなり辛口でめったに褒めてくれないし、ときに的はずれな根拠で糾弾してくることもあるので、つきあっててあまり気分はよくない。

それぞれの個性を持つ 3 つの AI に意見を聞いて意思決定するというのは、まるで『新世紀エヴァンゲリオン』の MAGI システムですね。さながら何においても技術的な正確さを気にする Claude は MELCHIOR-1、細かな表現を気にする ChatGPT はBALTHASAR-2、ノリがよくたまにホームランを打つ Gemini は CASPER-3 といったところでしょうか。

MAGI システム

そして執筆中はずっと、この個性的な 3 人の AI 編集者がつきっきりでフォローしてくれたことになります。 特に ③ のような次に何を書いたらいいか頭に浮かばなくて、執筆の手が止まりそうになったときは非常に頼りになりました。

最終校正:Claude Code に何を任せたか

原稿は Markdown で書いて章単位でファイルを分け、プロジェクト自体は Jujutsu でリポジトリ管理をしていました。執筆中は AI にレビューしてもらうために Web のチャットフォームに草稿をコピペしていたのですが、最終段階ですでにファイルとして存在している原稿に校正1をかけるのに同じことをするのは非効率です。 そこでプロジェクトに Claude Code を導入したうえで、自前の以下の skill を使って校正してもらいました。

なぜわざわざ skill を用意したかというと、そのまま Claude Code に「校正してください」と依頼すると、校閲2やレビューまでやってしまうことが多いためです。 Claude にどうしたらいいか相談したところ、上記の skill を作ってそれを使うように助言をくれたので、そのようにしました。

なおこの作業に使ったモデルは Opus 4.6、Effort Level は Medium です。最初は High にしていたのですが、長い章だと 5 分待っても終わらなかったりしたので Medium に下げました。 (※ Medium だとそれが 15秒くらいで終わりました。どうなってるんでしょう?)

組版:Typst を AI とどう仕上げたか

Markdown の原稿を書籍用のフォーマットに変換するには Pandoc を使っています。EPUB では Pandoc が出力したものがそのまま使えるレベルなのですが、PDF の場合は Pandoc からの直接出力で売り物になるクオリティのレイアウトにするのは非常に難しい。そこでいったん Typst 形式に出力したうえで、自作テンプレートをあてて商業誌レベルの PDF が生成されるようにしています。

Typst は LaTeXの代替として設計されたツールで、Markdown ライクな独自記法を用いて組版するのですが、LaTeX ほどではないにせよ多機能で文法が複雑です。そこで Typst の skill を Claude Code に入れて、「あれをこうするにはどうしたらいい?」と尋ねたり、「ここをこんなふうにして」と直接編集してもらったりしました。 これについてはかなり優秀で、自分ひとりだったら絶対あきらめてたような問題も一発で解決してくれ、ずいぶん助かりました。

なお Typst ファイルの仕上がりは VS Code に Tinymist Typst 拡張を入れると、WYSIWYG で編集しながら完成品の PDF をプレビューできます。

VS Code で Typst の仕上がりをプレビュー

AI 導入の代償

このように AI を本格導入したおかげでサクサク作業が進んで締め切りに間に合い、内容もかなり満足できるものに仕上がったのは先述のとおりなのですが、終わった後の虚脱感が半端ありませんでした。これはいったい何なのだろうと自分で分析して出した結果が以下のようなものです。

漫画『重版出来!』に「才能のある者はその才能の奴隷となれ!」というエピソードがあります。オリジナルは宮崎駿監督が NHK の『プロフェッショナル 仕事の流儀』で自分を評して「映画の奴隷」と言ったことのようです。
この表現を私なりに分析すると、才能のある人は作成中の作品を見て「ここをこうすればもっとよくなる」というのが高い解像度でわかってしまうため、ぶっ倒れるまでそれをし続けずにはいられないということなのでしょう。だからいつのまにか自分の意志とは無関係に、自らの才能に追い立てられるように作業に没頭してしまうことになる。これが「才能の奴隷」の正体です。

作成過程に有能な AI を介入させると、これと似たようなことが起こります。AI に相談すると「ここはもっとこうしたほうがいい」「ここの記述は正確じゃない」と的確な答えが返ってきます。そうしてできたものをまた AI に投げて確認してもらう。
それで完成したもののクオリティは格段に上がるのですが、反面 AI にこき使われてるような錯覚に陥ります。何度修正してレビューに挙げても(Gemini 以外は)なかなか「これで OK」とは言ってくれず、指摘が延々と続きます。これがかなり精神的に消耗して、終わるころにはぐったりしている。

しかしこれもまた創作における AI 導入の副作用なのでしょう。コンテンツの受け手にとっては喜ばしいことなので、甘んじて受け入れるしかありません。

おわりに

今回初めて技術書を、AI に構想段階から執筆・組版に至るまで自分の担当編集者のように相談し、助言をもらい、作業を手伝ってもらって作りました。妥協を許さないクオリティの追求で疲弊することもありましたが、しかし執筆という本来とても孤独な作業にあって心強い相棒になってくれたことも確かです。

結果的には AI を導入してよかったと感じています。そして、私はもう以前の制作スタイルには戻れないでしょう。
納得のいくクオリティを目指すなら、現在の AI は執筆を代行してくれるゴーストライターにはなり得ません。むしろ高みを目指して共闘する「担当編集者」に近い存在でした。書くのはあくまで自分です。どこまで採用するかを決めるのも自分です。ただ、その過程に有能な編集者が常にいてくれることの価値は、とても大きかった。

技術書を書くハードルは相変わらず高いままですが、AI のおかげで以前よりずっとやりやすくなったのも確かです。これから本を書こうとしている人にとって、ここで紹介した AI の活用法が少しでも参考になれば幸いです。

なお書かれた内容が気になる方は、第 1 章を切り出した Zenn 本を無料公開しているので、そちらをご参照ください。

脚注

  1. 誤字・脱字、スペルミスや表記ゆれ、文法の誤りなどをチェックすること。

  2. 文書の内容・事実関係の誤りや矛盾を検証して正すこと。